2015/06/24

日本人ブラウニー(座敷童)説




日本人ブラウニー(座敷童)説





日本人ブラウニー(座敷童)説?


経済で言えば日本は「座敷わらし」



電話のない旅館 ? 『座敷わらし』の出る隠れ宿



緑風荘(2005.8.20)お宝映像



日本人ブラウニー(座敷童)説?


経済で言えば日本は「座敷わらし」


国外ではブラウニーと言われています。



海外に日本人がやってくると、日本人がそこにいるだけで、何故かその国が発展していくというんです。


そのひとつには、日本人がインフラや教育まで整備して、その維持の仕方まで教え、暮らしやすいようにしてくれる、ということもがあるというんですが、生活が良くなって、いい気になって日本人を追い出そうとすると、そこにあった運のようなものは、さっと消えてしまい、元の家(国)の没落が始まるというんです。


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そのさまが、まるで座敷童のようだ…というんですね。


この座敷童、めっぽう面倒くさいと書かれていました。


邪険にされると逃げ出すというのは当たり前なんですが、ほめちぎっても照れていなくなる。


どうもやんわりと感謝されてるのがいいらしい。



座敷童子


座敷童子(ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。


主に岩手県を中心として報告されているが、青森県、宮城県、秋田県など東北地方各県にも分布するといわれる。


一般的には、赤面垂髪の5、6歳くらいの小童というが、年恰好は住み着く家ごとに異なるともいい、下は3歳程度、上は15歳程度の例もある。


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髪はおかっぱ、またはざんぎり頭。


性別は男女両方が見られ、男の子は絣か縞の黒っぽい着物を、女の子は赤いちゃんちゃんこや小袖、ときには振袖を着ているという。


はっきりとした姿がわからないために、性別が不明な場合もあるという。


男女2人など複数が家に住み着いていることもある。黒い獣のような姿、武士のような姿といった伝承もある。



悪戯好きで、小さな足跡を灰やさらし粉の上に残し、夜中に糸車を回す音を立てるともいわれ、奥座敷で御神楽のような音を立てて遊ぶことがある。


また家人が一人で縫い物をしていたとき、隣の部屋で紙ががさがさする音や、鼻を鳴らす音がするので、板戸を空けると誰もいないなどの話が伝わっている。


夜になると客人の布団の上にまたがったり枕を返したり、悪戯をして眠らせまいとするが、押さえようとしても力が強くて歯が立たないともいう。


子供と一緒に遊んだりもする。


岩手では早池峰神社の座敷童子が、遠方から神社に参拝に来ていた者について別の土地へ行くという伝承がある。


その土地の子供たちに、岩手のわらべ歌を教えたという伝説もある。


青森県五戸町では家を新築する際、床下に金の玉を埋めておくと、座敷童子を呼ぶことができるという伝承がある。



姿は家の者以外には見えず、子供には見えても、大人には見えないとする説もある。


子供たちの数を大人が数えると、本来の人数より1人多いが、大人には座敷童子がわからないので、誰が多いのかわからないといった話もある。


こうした話は、文学上でもよくモチーフとなる。






家の盛衰との関連


最も特徴的な民間信仰として、座敷童子がいる家は栄え、座敷童子の去った家は衰退するということが挙げられる。


こうした面から、座敷童子は福の神のようなもの、または家の盛衰を司る守護霊と見なされることもある。


『遠野物語』には、座敷童子が去った家の一家が食中毒で全滅した話や、岩手県土淵村(現・遠野市)大字飯豊(いいで)の資産家で、座敷童子を子供が弓矢で射たところ、座敷童子は家を去り、家運が傾いたという話が残されている。


座敷童子の去った家が没落する話は、貧乏神が去った家が裕福になるという話と関連しているとの見方もある。



白い座敷童子は吉事の前触れであり、赤い童子(赤い顔、赤い服、赤い手桶を手にした童子)が目に見えるのは、童子が家を出て行くことによる凶事の前触れとの説もある。


赤い服の童子を見たという家族一同が食中毒死した事例もある。


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風習

座敷童子は奥座敷におり、その存在が家の趨勢に関ると言われるため、これを手厚く取り扱い、毎日膳を供える家もある。


小豆飯が好物といわれることから、小豆飯を毎日供える家もあり、飯が食べられていないと家が衰退する前兆だともいう。



座敷童子は狐持や犬神持に類似した構造を持つが、座敷童子の住んでいることを迷惑がらず、むしろ神として保護し、周囲の人間も座敷童子のいる家に対して一種畏敬の念を持って接する点が、それらとは異なる。


二戸市の一帯では、かつて亡くなったり間引かれた子の供養のために部屋の一画に子供部屋を作り、菓子や玩具を置いて祀ったというが、この風習が現在でも残っており、座敷童子を家に居つかせ福をもたらせ栄えさせようと、部屋の一画に子供が好む小部屋を作る風習もある。



『遠野物語』によれば、土淵村のある豪家には「座頭部屋」と呼ばれる奥まった小さな空間があり、昔は家に宴会があれば必ず座頭を呼んで待たせるのに用いたとあるが、文学研究者・三浦佑之はこれを、家の守護霊を祀る部屋だったのではないかと推測している。


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様々な座敷童子


座敷童子は「座敷童」、「座敷童衆」、「座敷ぼっこ」、「御蔵ボッコ」、「座敷小僧」、「カラコワラシ」など、地方によって様々な呼び方がある。「座敷ぼっこ」の名で呼ばれるのは岩手の内陸部であり、宮沢賢治の著書でもこの名が用いられている。



『十方庵遊歴雑記』には、岩手県江刺市(現・奥州市江刺区)稲瀬の座敷童子についての記述が見られ、家の土間にいる座敷童子を、「コメツキワラシ」、「ノタバリコ」、「ウスツキコ」などと言い、 奥座敷にいる色の白い最も綺麗な座敷童子を「チョウピラコ」と呼んでいる。



これらの中には家の盛衰とは関係なく、家の中を動き回ったり物音を立てたりするだけの者もおり、単に気味の悪い存在とされることも少なくない。


蔓のように細長い手を出して人を招き、洪水、津波などの災禍を知らせるため、「細手(ほそで)」または「細手長手(ほそでながて)」と呼んでいる例もある。



似た話に『貧しい男が薪を水中に投じると、龍宮に招かれ土産に醜いが福を招く童子「龍宮童子」を貰った』という話がある。

「クラワラシ」「クラボッコ」と呼ばれる、土蔵の中にいる座敷童子も存在する。


民俗学者・佐々木喜善の著書『ザシキワラシの話』によれば、前述の土淵村のある家ではマダの木(菩提樹のこと)に「カブキレワラシ」というものが棲んでおり、童子姿となって家の座敷に忍び込んで娘にいたずらしたり、赤い顔の姿でクルミの木の三つ又で遊んでいたという。


マダの木の精霊とする解釈もある。

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東北地方には座敷童子の伝承が多いにもかかわらず、秋田県のみは伝承が少ない。これは秋田の三吉鬼が、下等な妖怪を秋田に入れないためといわれている。


日本人は妖怪さんだと言われても納得できるのも不思議です。



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